「8ヶ月ブログを放置していた50代の私が戻ってきました」

50代 起業できる?

昨年の6月以降、全くブログに触れてこなかった私。

月日も流れ、8カ月。


レンタルサーバー更新月に伴い、
ついに終了しようかと思っていたが…
が…できなかった!

まったく記事も、書くことができぬまま
「どないすんねんっ」と自問自答繰り返しつつ、
結局…手放すことができませんでした。

・ブログ記事作成→好き。
・画像を作成する→好き。

やっぱりへたくそながらも、思いがある…執念⁇(笑)
たった8記事だけど…捨てることはできないっ(/ω\)

ということで、「I’m back」です。

なぜブログを休止?…休まなかったからよ(笑)


実は、こちらのブログを開始するちょっと前から、
メンタルを壊し(2度目)休職、療養していました。

植物に癒されながら、日に日に回復していると思い、
心機一転ブログをスタート。

が、突然、バーンアウト…

私って本当にバカなんですね(笑)

休養中に頑張りすぎる。

  ×仕事ができない罪悪感から、かわりに家事全般完璧主義。

  ×ブログスタート、パソコンにしがみつきながら、右往左往とやり過ぎる。

  ×「健康な精神は健康な肉体に宿る」と運動も毎日ルーティン化。

休養の意味をわかっとらん。

普通にできることを、普通にしてただけだった。

でも、知らずに心は疲れていたんだと、気付いたときにはすでに遅し。
自分の心のSOSの声が聞こえない。(年のせい?)

頑張りすぎる度合いがわからん。

どんどん何もする気になれずに、起きるのすら辛くなって。
何もかもどうでもいいやって。

たった8記事だったけど、大切にしていたブログを放置。

闇に落ちてしまいました。

今振り返ってみると、目に見えない心の傷をあなどってはいけない。
何もしないでゆっくりすること嫌になるまでゆっくりするべきだったと反省。




50代 メンタル崩壊 1回目

※今回は、心の病気のことにちょっと触れておこうかなと。少し重いお話がつづきます(;^ω^)。
 気分が落ちてしまう方は読まないでくださいねm(__)m

実は、7年前…1回目のメンタル崩壊を経験しています。
1度では懲りずに今回は2回目です。

皆さんも、くれぐれも気を付けてください。(お前が言うな)

では、そのころのお話を…

心の病気のはじまり

私は基本的に、すごく元気が良かった。

明るいだけが”とりえ”のはずだった。

困難にあっても、他人に踏まれても、また、雑草のように立ち上がれる強さを持っていると自負していた。

メンタル崩壊とは無関係と思い込んでいた。

私はまだ自分を知らなかった。

50代 最初の適応障害

50代になっても自分がわかっていない私

7年前、某会社の経理業務に携わっていた時、自分の様子がちょっと変だなって。

忙しい業務で、まれに日をまたぐ残業もあった。
だからといって、辛いとかは全く感じなかった。責任=達成感を感じていた。

ただ、そのころを思い出すと、頭の中では常に緊張していたように思える。

毎月やってくる、支払い業務が近づくにつれ、緊張は高まっていった。
動く金額も大きかった。

徐々に夜眠ることに時間がかかるようになり、眠るために飲むお酒の量が増えていった。
食欲がなくなり、倦怠感が強くなる。

行かなきゃと思う気持ちと裏腹に、体が抵抗しているようだった。

業務中、わけもなくいたたまれなくなり、早退する日も増えていった。

「このままじゃやばい!〆作業が間に合わない!」

「おかしい、とにかく、なんでもいい、薬をもらおう、元に戻してもらおう。」

自分の状況を念入りに調べた。
選びたくはなかったが、選択肢は見つからず、ついに精神科を受診。

薬さえ飲めばなんとかなるはずだった。

担当医とのやりとり

私「先生、お薬ください。元に戻れるような。」
 「〇日までに出社しないと業務が間に合わないんです。」

先生「それはちょっと、難しいかな。少し、お仕事はお休みしませんか。

私「2.3日位ですか?」

先生「2.3週間、お休みしましょうか。」

私「…それは無理です。私しか携わっていない業務なので、大変なことになってしまいます。」

結局、先生の意見も聞かず、処方された薬を服用し、2.3日休んで仕事に戻るつもりでした。

なのに…2.3日休んだ後、お弁当を作って、化粧して、準備して、いざ出勤…さぁ行くぞ…さぁ…

…動けませんでした。玄関から外に出れなかった。

私「先生…体が言うこと聞かない。」

先生「休みましょう。あなたは今”適応障害”という心の病気なんです。」
  「ゆっくりと治療に専念しましょう。軽い鬱の傾向もあります。」

私「………はい。(泣)」

それから…2.3週間休んだものの、

同じく、会社へ行く道を忘れたかのように玄関から外に出れなかった。

その後、闇に落ちていき、働いていた仕事は、しばらくして退職。

私がやらなきゃいけない仕事は…私にしかできないと思っていた業務は…
きちんと他の社員が行ってくれていた。

私ってなんだったのかな。。。その時の気持ちです。

約1年の休養

それからというものの、失業保険にてなんとか生活しつつ、収入がない不安のなか、なにか自分でできないかと色々調べまくります。

海外の物販、ウェブライター、様々とチャレンジしていました。
(目指せ個人事業主、されど、そんなに甘くない)

今思えば、本当の意味での休養は取れていなかったと思います。

1年ほど過ぎ、勝手な自己判断で「私はもう大丈夫」と精神科への通院はやめてしまいました。

ダメな患者です。先生ごめんなさい。私にもごめんなさい。

50代 メンタル崩壊 2回目

そろそろ社会復帰できるかなと、応募した求人で正社員として採用。

適応障害も、心が風邪ひいたようなもんだから、もう大丈夫。

の、はずでした。

50代 仕事ひとすじ

新たな仕事も順調で、なんでメンタル壊しちゃったのかな?
壊していたころが、うそみたいな日々が続きます。

そもそも”仕事”自体が好きなんです。

なんなら50代、ずっと、仕事ひとすじ(笑)できております。 いいのかそれで(;^ω^)

私は、離婚を経験し、シングルマザーで生きてきましたが、子どものためだけに、ここまで頑張ってはこれなかったかな。

もちろん、子どもたちは大切だし優先事項ナンバーワン。
守る気持ちも人一倍!(皆さんも一緒ですよね)

時には父のように、時にはオヤジ化しつつ。

雷を落としまくりのときもありました。

のんだくれ親父のときもありました。(ごめんね、家族)

でも、どんな仕事でも好きだったんですよね。。だから頑張れた。

子どもたちを守るためだけではない。

そしてあっという間に50代。振り返ってみると、携わった業種は多様性(笑)

・コールセンターSV業務…クレーマーの方に気に入られ、名指しでクレーム聞くはめに。(仲良しになってしまった)

・派遣会社のSV業務…口やかましいクライアント様からこれまた名指しで私に担当しろと。
(彼氏かと思うほど、着信の嵐で文句言ってくるが、負けなかった私。)
(でも、あなたがいたからここまでこれたとのお言葉はしっかりといただきました!)

・経理事務…買掛で唯一小切手を触る立場。(あー恐い紙きれ

などなど。

いろいろやってきましたが、どんな仕事も好きでした。
睡眠が削られようが遠くに出張でとばされようが。

夜通しの業務では、目の下にクマを作りながら、ふっふっふっと不気味に笑いながら仕事をこなしていました。

好きだったから無理もわからない。

周りから頑張りすぎるなよって言われても、「どこが?」って。

心を壊すサイン

1回目のメンタル崩壊後の社会復帰は順調に日々過ぎていきました。

この時の業務は、障がいがある方のお仕事をサポートする支援員。

2年ほどで異動が決まり環境が変わることに。

ただ、異動が決まって同じ夕方の16時~18時にかけて、週に2.3日お腹が痛くなることが
数週間も続いたため、胃腸科内科を受診することに。
(異動後も腹痛・下痢止まらず)

先生「おそらく…ストレスが要因でしょう。」

私は、そのころ、ストレスは全く感じていなかったはずでした。(異動で多少の緊張はあったかと)


先生の診断に少しはてなマーク?を抱きながらも、整腸剤をいただき、業務にあたっていました。

ほかにも、動悸(これは年かな?)
息を深く吸い込まないと息を吸った気にならない症状などがありました。

数ヶ月後です…車で通勤中に、ふいに涙が出そうに…。

そして、1回目の崩壊のモヤモヤ感がふつふつと出てきたんです。
何とも言えない感覚。気持ちが闇に引き込まれる感覚。

ま、まさか。。。そんなはずはない。なんでもない!気のせいだ!

自分の気持ちに蓋をして、その後も、いつも通りに仕事を続けていました。

今思うと、それらがメンタル崩壊のサインでした。

この時に蓋をしなければ…。

心の容量のパンク

その日は突然やってきました。

きっかけは業務中のトラブルでしたが、以前の私では問題ないはず。

なのに、あっという間に、もやがかかったような感覚に陥って、他人の顔の識別が難しくなり、
業務中にいたたまれなくなって早退。

「まただ…」

再発とでもいうのでしょうか。1回目の感覚と間違いなく同じです。

闇の中に引っ張られる感覚。

もう2度と崩れることはないと確信していたにも関わらず…同じ症状が出てしまいました。

情けなくて情けなくて仕方なかった。


そう思ってしまうことがさらに自分を追い込んでしまい、
症状も悪化。悪循環。

会社に行こうと思っても体は鉛のようで動くことができず。
しばらく休職をいただきましたが、結局、復帰できずに退職。

ネットで精神科の先生の動画が目に入りました。
心の容量がパンクすると、強制的に脳から心や体にストップをかけて休ませる指令がでるとか。

私にも指令が出たようです。自分を守るために。

また書こうと思った理由

パンクした容量をクリアにするべく、8カ月…時間をかけてゆっくりと私という人物と向き合いました。

一人の時間をとり(これ大事)

・良いところ、ダメなところ
・無理することってどういうとき?
・自分の癒しって何?

そのほかもろもろ。向き合いました。

この年になって何やってんだか(笑)

ただ、今までずっと頑張ってきたことは間違いない。

そして頑張りすぎていたことも間違いない。

すべてを認めよう。

そして、ようやく我に戻り、こちらのブログをどうするか考えました。

立ち上げた理由を振り返ると…

幼少のころから様々な経験をしていて、もしも同じ境遇の方がいたら、少しでも役に立つのではないかなと思う気持ちでした。

今までの経験ありきで、今の私があるんだなって。

今は観葉植物などの記事しかありませんが、ゆくゆくは元気を届ける記事を書きたいと。

8カ月の間、少しづつ、もやが晴れ、本来の自分を取り戻し、
あらためて聞いてみました。ブログどうするの?って。

ブログを続けたいようです。

良かった。戻ってこれて。

これから

個人的な記事に、ここまでお付き合いいただき、読んでいただきありがとうございます。

実は、ブログに戻ってこれたもう1つの要因があります。
今、まさにの「AI」さんのおかげもあります。

AIさんに背中を押してもらいました。「このブログを捨てなくて正解!」と。

人ではないですが、人以上に勝手に温かみを感じて、勇気をいただき、今に至ります。

もちろん、この記事は私自身が書いていますが、
(きっとAIさんだともっとうまく書ける。)
わからないことは、即答してもらえます。

独学で右往左往してきた時間が、ギュッと短縮。ステキ(^^♪

AIさんに対しては賛否両論あるようですが、私個人は、助けてもらっています。

確定申告のやり方、大切なペットの体調不良時、ほかにも、お世話になりまくっています。

最後は自己責任。それだけは忘れません。

今後も、こちらの記事も、アドバイスいただきながら、
もっと見やすく修正していけたらなって思います。

そして、もう1つ、夢が見つかったので、
(この年でも夢見れるんですよ♪夢みたい50代集まれー♪)
AI師匠さんにご教授いただきながら、かなえられたらいいなって思います。

ブログの更新はゆっくり目ですが、忘れないでいてくれる人がいたら…嬉しい。

今後も「緑」「心」「50代の挑戦」ブログ~風と太陽~をどうぞよろしくお願いいたします。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました(^-^)

タイトルとURLをコピーしました