人と会ったあと、どっと疲れてしまうのはなぜだろう

心を整える

 

誰かと、とても楽しい時間が過ごせたのに…

その気持ちとはまるで正反対に
家に帰った途端、どっと疲れている。


美味しいランチ
はずむ会話

嫌なことがあったわけでもない。


気を遣うような相手でもなく
「また会いたい」とさえ思っている。


なのに、ひとりになった瞬間、力が抜けてしまう。

「楽しかった。なのに…どうしてこんなに疲れてるんだろう」

 

 

楽しい時間なのに、なぜか疲れてしまう

 

久しぶりに会う約束をして
その日が近づく。

楽しみな気持ちは本当。


けれど…なぜか
心のどこかに
少しだけ力が入っている 


久々に見る笑顔に
喜びを感じつつ

こんなことやあんなこと

近況報告をしつつ
笑いながら語り合う



楽しい時間はあっという間に過ぎていき
また会う約束をして
家に帰る。


充実感に満たされ
余韻を持ち帰る
ひとりの時間


ホッと息をつくとき
何とも言えない

疲れが押し寄せる

「楽しかった」と
「疲れた」が

同じ時間の中にあることが
なんだか不思議だった


そんな気持ちになってしまうことに
小さな罪悪感を感じつつ


眠りにつく


 

人といるあいだ、無意識にしていたこと

 

そういえば
誰かと会う日には 

その時に抱えている悩みや
その時に抱えている問題を

いったん机の引き出しに
しまいこむように
リセットした気持ちで会いに行く

 

気づかれないよう笑顔を用意して

 

楽しい時間に
暗い気持ちは
持っていけない

 

笑顔で過ごしてほしくて

退屈にさせたくなくて

 

つぎつぎと
新しい会話の引き出しを
引っ張り出しながら

あーでもない

こーでもない

会話が途切れることもなく
そんな時間を過ごしていた

 

相手から辛かった出来事が話されると
親身になって耳を傾け

嬉しかった出来事が話されると
一緒になって喜んだ

 

起こった出来事を
その表情から読み取り

自分が経験したかのように
同じ気持ちになって
話を聞いていた。

 

別れ際…

「話せてすっきりした」
「楽しかった」

そんな言葉は私への
最高のプレゼント。

 

そんな風に思ってもらえるように

もしかしたら
思っていた以上に
エネルギーを使ってしまうのかな?


相手を大切にしているからこそ

必要以上に
頑張りすぎているのかな?


 

無意識に
頑張りすぎる歯車が

心の中にあるのかもしれない。
 

 

いつから「そのまま」でいられなくなったんだろう

 

ひとりでいることを
寂しいと感じた経験があったからなのか

私は大人になってからの人付き合いにも
少し慎重になっていた

 

「この人には話しても大丈夫かな」
「そのままの私でいても大丈夫かな」

少しずつ
心の扉を開きながら

ようやく出会えた
大切にしたいと思える人

 

だからこそ
この関係を失いたくなくて

気づかないうちに
相手の気持ちを優先して
頑張っていたのかもしれない

 

間が空いたとしても

「また会いたいな」

そんな関係を
ずっと続けたくて…

 

この楽しい時間が
いつか来なくなるかもしれない

そんな不安まで
ときどき顔を出す

 

 

少しだけ「何もしない時間」をつくってみる

 

逆の立場で考えてみる

 

楽しい時間を過ごしていたはずなのに
相手が疲れてしまっていたら

きっと、
そんなに頑張らなくてもいいのにって思う。 

 

だから、
必要以上に
頑張ってしまうことを
減らしていこう。

 

会話を途切れさせまいと
引き出しを開けすぎなくてもいい

途切れた時間も
そのままでいいのかもしれない

 

相手の表情ばかりに気を取られずに
自分が今何を感じているのか

同じ景色を見ながら
それぞれの気持ちで眺めてみる

 

きっと沈黙の時間でも
優しい時間が流れてくれる

 

誰かといても

「わたし視点」

になって 
自分を休める隙間をつくってみる

 

そんなことも

誰かと時間をつないでいく
大切なことなのかもしれない。

 

 

そして

見えない未来の不安より
「今」に視点を合わせよう。

先ばかり見ても
今を楽しめない。

 

無理をしなくても
ありのままでいても

きっと

そこにいてくれるって
自分を信じてみよう。

 

 

今度会うときは、
しまいこんできた
もやもやした気持ちも

持って行こうかな。

 

 

「楽しかった」と「疲れた」は、どちらも本当

 

人との関わりの中で

 

浅かったり
深かったり

色々な形があるかと思います。

 

つい、
大切な関わりになると

「失いたくない」

そんな気持ちから 

無意識に
頑張りすぎてしまうところも
あるのかもしれません。

 

 

誰かと一緒にいても
頑張らなくていい時間。

話していても
黙っていても
どちらでも心地いい時間。

 

ときどき、わたし視点。

 

そんな時間が少しずつ増えていったら

誰かと過ごす時間が
今より少し
やわらかなものになるのかもしれません。 

 

「楽しかった」も
「疲れた」も
どちらも私の本当の気持ち。

 

まずはその両方を
そのまま受け取ってあげたいと思います。

 

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