楽しいことがわからないとき。小さな「好き」に気づくまで

自分を大切にする

 

昼休みの時間に
休みの日に何をしたかって話題になると

少し

気が引ける

 

誰かがボルタリングに挑戦したとか
山に登ったとか

楽しそうだなと思うけれど

「私もやってみたい?」
と自分に聞いてみると

そうでもなく。

 

そんな楽しそうな話を聞いたあと、

「何かやりたいことは?」
「楽しいこととかないの?」

と逆に聞かれると、

 

苦笑いでごまかすしかなかった。

 

 

楽しいことが「ない」のではなく、わからなかった

 

何をしても楽しくない、
というわけではなく

「これが好き」
「これがしたい」

という自分の感覚そのものが、
よくわからない。

 

誰かが趣味の話を
楽しそうに話す時

自分も興味を示し
「やってみようかな」
など
話を合わせてみるものの

実際にやってみることは
なかった。

 

趣味に費やする時間が
なかったといえば
なかった。

 

長い間、

「やらなきゃいけないこと」
「誰かのために動くこと」

そんなことを中心に過ごしていると、 
本当に自分がやりたいことが
わからなくなってしまう。

当時の私には、そんな余裕などなかった。

 

朝から晩まで、
時間に追いかけられるような毎日。

子どもたちのこと、仕事のこと、家のこと。
気づけば一日が終わっていて、


自分のことを考える時間なんてほとんどなかった。

 

 

いつしか、

「楽しいことって何だろう」
自分に問いかける。

何もないわけじゃない。
 

ただ、自分でもわからなくなっていた。

 

 

「楽しいことを見つけなきゃ」と思わなくてよかった

 

子供たちも巣立ち
時間に追いかけられることもなくなり

日常に
少しずつ
自分の時間が
増えてきたころ

「何か楽しいことを始めよう」

そう思う気持ちはあるのに、
何をしたいのかは
やっぱりわからなかった。

 

やっと手に入った自分だけの時間
欲しかったゆとりの時間

もったいない…

趣味を持ちたい
何か、何か始めなきゃ…

けれど、そんな気持ちに
逆らうように

何かをやろうと思っても
本当にしたいことが見つからなかった。

 

少し興味を持ったことを
手当たり次第に始めてみるものの 

結局

長く続かなかった。

 

せっかく自分の時間ができたのに、
何も見つけられない。

そんな自分に、
少し焦るようになっていた。

 

なにやってんだか。

 

もう、無理して探さなくても
いいのかな。

 

そう感じてきたころに

自分のちょっとした感情に
気づくようになった。 

 

「ちょっとこれ嫌じゃないかも。」
「これをすると落ち着くかも。」

 

そんな些細なことを
拾い上げていくと

時間を忘れてやり続けてしまうことが
増えてきていた。

 

きっと
最初は

そのくらいでいいのかもしれない。

 

 

日常の中に、小さな「好き」は残っていた

 

「しなきゃいけないこと」と
「したいこと」は

同じことをしていても
少し違う。 

 

今まで、料理を作ることは
しなきゃいけないことだった。

同じく、掃除をすることは
しなきゃいけないことだった。

 

けれど、

時間に余裕ができたから、
動画を見ながら

美味しそうな料理だったり
工夫した掃除のやり方だったり

真似をしてやってみる。

 

美味しくできた料理を味わい
きれいに片付いた部屋を見渡し

小さなことだけど

なんだか、とても心地よい。

 

「もっとやろう」
そんな気になる。

まして、人に褒められると
もっと調子に乗ってしまう。

 

いつしか、

料理をすることも
掃除の延長でインテリアを楽しむことも

私の「好き」に。

 

そして「しなきゃいけないこと」
が「したいこと」
に変わっていった。

 

そういえば、
もう1つある。

 

以前の会社の同僚で
観葉植物のことを
「この子」といった人がいた。

 

驚いたと同時に
観葉植物への興味も出てきて
 

少しずつ、我が家にも
様々な形の緑たちが増えていった。

 

その私の「この子」たちが
新芽を出したり
花をつけたりすることも

きっと私の「好きなこと」なんだ。

 

 

「これが私の趣味です!」と
胸を張って言えるようなものでなくても、

気づけば夢中になっていたり、
ほんの少し気持ちが緩んでいたり。

 

自分の「好き」は、なくなったわけじゃなかった。

 

 

「心地いい」を拾うことから始めてみる

 

休日に何してる?
って聞かれたときに

山へ登ったり
ボルタリングを楽しんだり

なんて…

そんな答えは返せないけれど

 

平凡だけど

「料理を作ったり、
掃除をしたり。
そんな時間が心地いいです。」 

となら答えられる。

 

以前なら
「そんなの趣味って言えるのかな」
と思っていたかもしれない。

でも今は、
自慢できるようなものでなくても
自分が心地いいなら、それで十分。

そう思えるようになった。

 

そんな「心地いい」は、

とても地味な日常の中にもある。 

 

香りを感じながら飲むコーヒーがおいしかった。
開けた窓から入ってきた風が気持ちよかった。
好きな料理をゆっくり作れた。
 

そんな小さな感覚を見失わずに感じていく。

それを繰り返しているうちに、少しずつ、

 

「私はこれが好きなんだ」
「こういう時間が心地いいんだ」

 

が見えてくるものかもしれません。

 

 

「好き」がわからなくても、焦らなくていい

 

今、楽しいことがわからなくても、
無理に答えを探そうとしなくてもいいんです。

 

今日、少し心地よかったこと。
もう一度やってみたいと思ったこと。

そんな小さな感覚を、
ひとつずつ拾っていく。

 

「好き」は、
新しく見つけるものではなく、

 

もしかしたら
ずっと自分の中にあったものに
気づいていくことなのかもしれません。

 

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