ときどき
孤独に押しつぶされそうになることがあった。
誰にもわかってもらえない。
誰にも気づいてもらえない。
心の中では、いつも叫んでいた。
「誰か……お願い、助けて。そばにいて」
でも、そんな気持ちを誰にも言えず、
平気なふりをして日々を過ごしていた。
まわりに誰かがいても、
消えることのない孤独感。
あの頃の私は、
誰かに自分の気持ちをわかってほしくて、
たまらなかったのだと思う。

誰かといても、孤独だった頃
結婚して、子どもが生まれ、
母になる喜びを知った。
離婚を経て、
一人で子育てをするようになってからは、
忙しさと必死さで
時間がたつのは、あっという間だった。
それでも、子どもたちの成長を見守れることは
幸せだった。
一人になる時間なんて、ほとんどなかった。
けれど、ときどき、
まわりの世界から
切り離されてしまったような
孤独を感じることがあった。
誰かと同じ場所で、
同じご飯を食べ、
同じ時間を過ごしていても。
「誰にも理解してもらえない」
「私は一人っきり」
そんな寂しさが消えてくれなかった。
通りすがりの幸せそうな家族や
楽しそうに笑い合う友達の姿が目に入ると
わたしには遠くかけ離れた世界なんだろうな…って
置いてけぼりの気持ちで眺めていた。
壊れない絆を求めていたのか
なぜ
孤独感は消えないのか
その理由は今でもわからない。

自分のために使う時間を知った
やがて子どもたちが成長し、
自立していった。
あわただしかった毎日が終わり、
一人の時間が増えた。
あれほど
「いつまでこんな生活が続くんだろう」
と思っていたのに。
いざ静かな生活になると、
ぽっかりと穴が開いたようだった。
空っぽになった箱を、
何で埋めればいいのかわからない。
懐かしさと寂しさが、共存していた。
でも、今振り返ると、
一人の時間は貴重な時間だったのかもしれない。
誰かのために使っていた時間を、
初めて自分のために使えるようになったから。
誰かのために作る料理も、
もちろん好きだった。
食べる人のことを考えて献立を決めるのも、
充実した時間だった。
でも、自分のためだけに料理をする。
食べたいものを、食べたいときに作る。
そんな楽しさも知った。
逆に、疲れているときに無理して作る必要もなく
適当で十分。
部屋のレイアウトも好きにできる。
自分の好みで好きな雑貨を並べてみるのも楽しい。
そんなことにも、小さな幸せがあると知った。
誰かのために使う時間も好き。
でも、自分のために使う時間も、悪くない。
今まで気づかなかった自分のことも
少しずつ見えてきた。
散らかったものが定位置にないと落ち着かない、
神経質なところ。
そのくせ、ほこりが目立たなければ掃除はサボってもいいと思う、
ずぼらなところ。
そんな自分に、ちょっと笑ってしまう。
「これは心地いいな」
「これは、あまり好きじゃないかも」
そんな自分の本音にも、
少しずつ気づけるようになった。
一人の時間は、
あらためて自分を知る時間にもなっていた。

孤独がなくなったわけではないけれど
その後、娘たちが戻ってきて、
再びあわただしい生活が始まった。
今は、一人になる時間も少なくなった。
それでも、以前のように、
誰かと一緒にいても孤独の闇に
迷い込むことは少なくなった気がする。
あの頃は、
誰にもわかってもらえない寂しさで
自分の殻の中に閉じこもっていた。
それなのに、自分の気持ちは隠したまま
無理をしながら笑顔で生きていた。
けれど、もう
無理はやめよう…。
もちろん、寂しくなる日だってある。
そんなときは、寂しいんだなって、
自分の気持ちを受け止める。
大人になった娘たちに、
素直に助けてもらうこともある。
親だからといって、
いつも強くいなければならないわけじゃない。
誰かを頼ることも、
自分を大切にすることの一つなのかもしれない。
孤独がすっかりなくなったわけではない。
これからも、孤独を感じる夜はあると思う。
でも、一人でいることと、孤独を感じることは、
必ずしも同じではないんだなって。
孤独でつぶれそうだった、あの頃の私。
今は、そんな自分の気持ちを、
まず私が聞いてあげられる。
心地いいことも、嫌だと感じることも。
嬉しい気持ちも、寂しい気持ちも。
自分に寄り添える私に出会えたことが、
あの頃の暗闇のような孤独から、
少しずつ
私を引っ張り出してくれたのかもしれません。


