迷惑をかけるのが怖かった

心を整える

 

人から
「大丈夫?」って聞かれることが

ちょっとだけ苦手だった気がします。

 

しんどそうな顔していたのかな?
気をつかわせたくなかったな。

 

すぐに
「全然大丈夫だよ」
って

 

笑顔のお面をかぶってしまう。

 

きっと

そのときは…しんどかったはず。

 

でも、本当の気持ち
ばれてしまうのが怖かった

 

誰かに迷惑かけてしまうかも
そう思って怖かった。

 

 

元気がいい私

明るい私

人から頼られる存在

 

そうありたかったから。

 

 

ここから先は
入ってこないでって

 

笑顔で予防線をはっていた。

 

 

そうやって
無理を重ねて

 

生きてきたような気がします。

 

「迷惑をかけないように」がクセになっていた

 

小さいころから
まわりの空気を読むことが多かった

 

喧嘩の絶えない環境だったから

巻き込まれないよう

 

まわりの顔色をうかがいながら
先回りして行動していました

 

機嫌が悪そう…
見えない場所にいよう

 

怒らせないように
自分の気配を消しておこう

 

きっと、よそでは

おもちゃの取り合いだったり
おままごとして

コミュニケーションを学ぶころ

 

私は空気を読むスキルを
ちゃっかりと手に入れていました

 

転んでも撫でてくれる
あたたかい手は

 

どこにもなかったので

 

そのころから「助けて」って言うことは

 

許されない気がする言葉でした。

 

頑張ることでしか安心できなかった

 

あまりにも自己肯定感をおしつぶされて
育ってしまったので

 

少し大人になりかけたころ

 

何をするにも自信がなく

 

なんのために生きていくのかも
わからずにいましたが

 

ある日、ふと
自分の自分の心の声が
私自身にたずねました。

 

 

「私って何か悪いことしたっけ?」

 

 

答えは強く「NO」
でした。

 

それからは、自分にとっての
満点を生きていこうと思いました。

 

そうすれば、いつか、きっと
堂々と生きていけそうな気がした…

 

小さな小さな
自己肯定感の芽生えでした。

 

ただ…
その満点を取るための

 

「頑張らなきゃ」の
はじまりでもありました。

 

 

無理をしていることにも
気づけないまま。

 

 

いつも満点をとって
「安心」
していたかったのかもしれません。

 

ひとりで頑張り続けた先で

 

無理を知らない頑張りは
いつかパンクします。

 

例えば、守るものがあれば
まだまだ、頑張り続けられる。

 

私の場合は
守るべきものが

大人になったとき…

 

糸が切れたかのように
時が止まってしまいました。

 

 

なんでこんな状態になったのか
はじめは全く分からずに

 

ずっと答えを探し続けていました。

 

 

少しずつ、

少しずつ

「私はどうしたかったのかな?」
って

 

自分と向き合い

 

苦しい時に苦しいって
誰にも言えなかったこと

 

助けが欲しいのに助けてって
誰にも言えなかったこと

 

 

ずっと

 

つらかったんだなって。

 

 

そんな自分の本心を
深く
閉じ込めてしまっていたようです。

 

迷惑なんてかけてよかった。

 

「しんどい」にちゃんと向き合って
ベストな方法を考えられれば
よかった。

 

 

ずっと

 

 

私が、私自身を大切に
扱ってこれなかったんだ…

 

 

ごめんね。

 

まとめ

 

最近
良く思う。

 

弱さを見せるって
迷惑をかけてしまうことじゃ
ないんだなって。

 

人と支えあいながら
生きるのは
そういうこと、なのかもしれないって。

 

まだまだ
うまくまわりに頼れない日もあるけど…。

 

長年のクセは
なかなか
抜けない。

 

でも、
「頼っていい」

 

少しずつ
自分に許していけたらいい。

 

置き去りにしてきた本音たちを

 

ひとつひとつ

 

迎えに行けたらいいですね。

 

「心のよりみち相談室」という形で、

安心して気持ちを話せる場所を
少しずつ準備しています😌🌿

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