「自分の気持ちが見えなくなっていた」

自分を大切にする

たとえば、

休みの予定に何か入れようとしたとき、

「何がしたい?」

「どうしたい?」

思いつかない。😣

趣味はなんですか?って聞かれても

「趣味って…なんだっけ?」

思いつかない。😣

上手く答えが出ないことがありました。

なんとなく、嫌だな、や

ちょっとしんどいなって

感じることはあるけれど…

どうしたい?

になると

答えが出せない…

空気を読むことが当たり前だった

小さなころ

独りぼっちでカレーを食べていたとき

まわりで怒声が飛び交っていた。

聞こえないふり

見えないふり

いつものことが続いているから

泣くこともなくカレーを食べ続けていた😑

そんな幼いころを過ごして大人になると

顔にうつる表情で

「あ、機嫌が悪いかも」

「なにかあったのかな?」

「無理してそう」

など、聞こえないはずの言葉が

心の中に入ってきてしまう。🙄

だから、先回りして、

機嫌が悪そうだったら、手助けをし

元気がないようであれば

声をかけ…

そうやって

空気を読むスキルが

上達していった気がする

そのかわりに

私の口癖は

いつも「大丈夫」だった

自分の気持ちを後回しにし続けた結果

自分では我慢しているという

自覚はなく

日常を過ごしてきた

でも、ふとした瞬間に

私自身はこれから、どう生きたいのかな?

ときどき、そんな感情がよぎってしまう

生き生きとした人生を送っている

好きなことをしながら

充実した生活を送っている

そんな素敵な記事をみると、

私はなにをやっているのかな?

ちょっと切ない気持ちになることもあった。🥲

でも、日々の生活に追いかけられるなか、

すぐに、小さな疑問符は消えていった。

そんなことをゆっくりと

考えられるほどの余裕もなかった。

今思えば

少しずつ、考えて

少しずつ、自分にとっての

よい答えを

探していればよかったのかもしれない。

立ち止まることが

できずに

走り続けてしまった。

立ち止まって、少しずつ気づいたこと

自分の限界を知らなくて

自分の無理を知らなくて

ただ、ただ、走り続けていたけれど

何十年もたってから

やっと

立ち止まることができました🥲

自分の容量を超えてしまうと

自分を守るストップが

かかってしまうそうです。

そうでもしないと

止まれなかったのかもしれない… 

きっとあの頃、

すごく疲れていたのかな

きっとあの頃、

誰かに頼ってみてもよかったのかな

いろいろと思うこともあるけれど

こうして、今、立ち止まることができた。😌

まだ、これから

まとめ

止まることができたとき、

風の心地よさや

ゆっくり動く雲のかたち

そんなものが

まるでなかったかのように

今、感じられる😌

そして

何をすれば心地よいと

私自身が感じられるのか

ゆっくりと 

深呼吸が

できるようになる

ほんの少し、

願うならば

少しでも早く

気づいてあげることが

できたならよかったな。

でも…

ここから

置き去りにしてきた気持ちは、
なくなったわけじゃなくて、

ずっと、
心の奥で待っていてくれたのかもしれません。

少しずつ、
自分と会話していけたらいいですね🌿

「心のよりみち相談室」という形で、

安心して気持ちを話せる場所を
少しずつ準備しています😌🌿

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