たとえば、
休みの予定に何か入れようとしたとき、
「何がしたい?」
「どうしたい?」
自分に聞いても
特にやりたいことが思いつかない。
初めて会う人に
趣味はなんですか?って聞かれても
「私の趣味って…なんだっけ?」
思いつかない。
そんな質問に
上手く答えることができませんでした。
なんとなく、嫌だな、って思うことや
ちょっとしんどいなって
感じることはあるけれど…
「自分はどうしたい?」
になると
答えが出せない…
空気を読むことが当たり前だった
小さなころ
独りぼっちでカレーを食べていたとき
まわりでは怒声が飛び交っていた。
聞こえないふり
見えないふり
いつものことが続いているから
泣くこともなくカレーを食べ続けていた
そんな幼いころを過ごして大人になると
顔にうつる表情で
「あ、機嫌が悪いかも」
「なにかあったのかな?」
「無理してそう」
顔に映る表情で
相手の気持ちを読んでしまう。
だから、先回りして、
機嫌が悪そうだったら、
手助けをし
元気がないようであれば
声をかけ…
そうやって
空気を読むスキルが
上達していった気がする
そのかわりに
私の口癖は
いつも…
「私は大丈夫」
だった

自分の気持ちを後回しにし続けた結果
自分では我慢しているという
自覚はなく
日常を過ごしてきた
でも、ふとした瞬間に
私自身はこれから、
どう生きたいのかな?
ときどき、そんな気持ちがよぎってしまう
生き生きとした人生を送っている
好きなことをしながら
充実した生活を送っている
そんな素敵な記事をみると、
私はなにをやっているのかな?
ちょっと切ない気持ちになることもあった。
でも、日々の生活に追いかけられるなか、
すぐに、小さな疑問符は消えていった。
そんなことをゆっくりと
考えられるほどの余裕もなかった。
今思えば…
少しずつ、考えて
少しずつ、自分にとっての
よい答えを
探していればよかったのかもしれない。
立ち止まることが
できずに
走り続けてしまった。

立ち止まって、少しずつ気づいたこと
自分の限界を知らなくて
自分の無理を知らなくて
ただ、ただ、走り続けていたけれど
何十年もたってから
やっと
立ち止まることができました
自分の容量を超えてしまうと
自分を守るストップが
かかってしまうそうです。
そうでもしないと
止まれなかったのかもしれない…
きっとあの頃、
すごく疲れていたのかな
きっとあの頃、
誰かに頼ってみてもよかったのかな
いろいろと思うこともあるけれど
こうして、今、こうして
ようやく立ち止まることができた。
そう、これからが再スタート。

まとめ
自分の限界を超えて
やっと止まることができたとき、
風の心地よさや
ゆっくり動く雲のかたち
そんなものが
今まで消えていたかのように
今、心地よさを感じられる
そして
何をすれば心地よいと
私自身が感じられるのか
少しずつ手探りで見つけながら
ゆっくりと
深呼吸ができるようになる
ほんの少し、
願うならば
少しでも早く
気づいてあげることが
できたならよかったな。
でも…
ここから。
置き去りにしてきた気持ちは、
なくなったわけじゃなくて、
ずっと、
心の奥で待っていてくれたのかもしれません。
少しずつ、
自分と会話していけたら
いいですね🌿

「心のよりみち相談室」という形で、
安心して気持ちを話せる場所を
少しずつ準備しています😌🌿


